無言で恵方巻きを食べないと願いは叶わないのか?

日記

2月3日は節分でしたね。皆さん恵方巻きは食べましたか? 私はかんぴょうやキュウリ、ゴボウの入ったベーシックな恵方巻きを食べました。おいしかったです!

恵方巻きといえば、恵方を向いて無言で一本食べきると願いが叶うという噂がありますよね。

「無言で」ということは、途中でお喋りをしてしまったら願いは叶わないのでしょうか? 持論を述べます。

叶うかどうかは食べる人の信念次第である

「無言で食べきらないと叶わない」と強く信じている人にとっては、途中で喋ったら願掛けの効果が薄れてしまうでしょう。

この世界では信じたものが現実になります。
ですから、「ちょっとくらい喋っても願いは叶うだろう」と信じる人にとってはそうなります。

私は喋っても大丈夫だと信じているタイプです。
神様が恵方巻きを食べている私たちを見張っていて、喋った途端「はい、アウトーw」とはやらないだろうなと思うからです。
(いや、そういう神々の遊びがあっても面白いですね)

なぜ無言で食べきるのが良いとされるのか?

これはきっと、魔術の条件だと思います。何かしらの「縛り」を加えた方が効果が増す。あるいは実現しやすくなる。人間はそう考えがちです。複雑なものの方が「効きそう」で魅力的に見えるのでしょう。

例えるならボタンひとつで繰り出せるただのパンチより、難しいコマンド入力をする技の方が強い……みたいな。
しかし、プログラム(あなたの考え方)によってはそうとも限りません。

バシャール風に言えば「許可証」の問題ですね。
道具に許可を出すか、自分に許可を出すかという話です。

そんなことを恵方巻きを食べながら考えました。

静かな願掛けを楽しむもよし、和やかに太巻きを食べるもよし。節分は面白いですね。

余談:手づかみで食べると落ち着く

食後に落花生をむいて食べている時、フロー(心地よく集中している状態)に入っていることに気づきました。
無心で殻をむいてはポリポリと食べていました。 目に映る落花生と、指先の感覚と、香ばしい味だけがありました。

恵方巻きもそうですが、手を使って食べると不思議と安らぎますよね。このところ箸を使った食事しかしていなかったので、自然に還った気分でした。

時折ナンとインドカレーを食べたくなるのも「手で食べるリラックス感」を求めてのことかもしれません。

たまには猿人類に還りたいなと思いました。(訳:おにぎりとかナンとか、手で食べるメニューを取り入れたいと思いました)