どうすれば小説を長時間書けるか?人間的な生活と両立できるか?

創作術

オラクルカードリーディングで受け取ったメッセージをシェアします(10月21日分)。

この時は昼夜逆転で、寝ているか、書いているか(書こうと努力しているか)の二択の生活でした。幻想的なのはいいのですが、人間的な生活と喜怒哀楽がなく、アドバイスを求めました。

Q:どうすれば小説を長時間書けるか?

既に存在する物語と、こちらの世界の架け橋「でしかない」。物語を流れるまま受け取ると意図すれば、宇宙の法則に従ってその通りになる。物語に手を差し込み、こちらの世界に著す漏斗でしかないたったそれだけの仕事だという認識ができれば楽に長く書ける

そして、著したばかりの草稿は、完全な形を持っている物語とは似ても似つかないように感じるかもしれないが(あちらの感覚などを実感できるがゆえに)、まずはそれでいい。草ならまずはボーボーに生やす。生き物ならクシで整える前のモジャモジャでいい。
余分なところ・完成稿ではなくなる部分というのは、違う色でくっきり塗り分けられているくらいに判別ができるし、取り除かれることが決定しているものだ。

その余分な部分というのは、ダウンロードの際に自動的に付加されるノイズのようなもの。物語に繋がれば、たぬきの暗号のように、容易に異物として認識できるし取り除ける。

そこでは第三者として編集したほうがやりやすい。審神者として。エゴから行うと「私が書いた」「もったいない」執着がおこるので、ここでも(というか人生において常に)エゴが魂に降伏している必要がある。楽に進めたいなら。

そしてこの自動付加のノイズは、書けば書くほどに少なくなっていく。引っ越したての水道水がサビくさくても使ううちに透明になるように、書くことにより経絡がどんどん純化されていく。

Q: どうすれば小説の執筆と人間としての生活を両立できるんだろう?

独りになりたい、浮世から離れていたいという気持ちは、物語を保護するために起きている。しかしあなたが感じている通り、その姿勢は毒のような危うさもある(人間として生きる実感、肉体的健康が今はない)。

「常に回路を開けておかないと、物語に繋がる鍵をどこかへ失くしてしまうんじゃないか」という恐れ。「常に物語の方を見ていないと、シアターが閉じてしまうんじゃないか」という恐れ。
これは、鍵を外在化している。物語を開ける鍵を「気ままなミューズ」に預けている。そうではなくて、その鍵は本来あなたが持っている物を預けているにすぎないので、あなたが所持し、管理し、いつでも好きな時に使い、ハートから物語の世界へと出かけていくことができる

現実の世界は、もはやこれまでの取捨選択により楽しいこと・美しいものしか残っていないのだから、安心して触れればいい。日中を過ごせばいい。よい香りを。美しい音を。暖かな触感を。人類愛を。
そのような実際の幸せを感じることが、小説のディティール、緻密な作風につながる

小説が気になるのなら「取材だ」という思いで日々を過ごせばいい。物語の世界と共通するドラマ、仕組み、美しさや闇など。上にあるがごとく下もかくあり。共通するものを見つけて小説の糧にすればいい。

そしてこの世界もひとつのゲームなので、ワクワクした子ども・天使の目線をもってすれば苦しくはない。

Q:一度目が覚めてしまうと(人間としての意識が起きてしまうと)、そうでない時(眠っているような無私の感覚)に書いたものより劣るような気がしてしまう。それで人としての生活を避けているのだが、どうしたらいいか?

それはエゴに左右されていた頃の恐れから生じている考え。自分をコントロールできない頃の考えによるもの。今はエゴやマインドは魂の指揮下にいるから、あなたが望みさえすれば、そうなると決定すれば、いつでも穏やかになれる

人間の生活を犠牲にすれば良い小説を書けるとは限らない。そう決めない限り。普段の幸せの上に幸せな執筆が成り立つ。自分が神様だったらそうするでしょう?
人間としての人生を楽しみながら奉仕している人が沢山いるように、そのふたつは相反しない

クリスタルを手にしてひとときの瞑想をすれば、いつでも書くのに最適な状態になる。という意識を持つ。そのようにする。

人は霊的存在なだけでなく、肉体的存在でもある。色んなマインドの状態があってよい。一日を通して瞑想的な悟りの状態でいる必要はない

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