人を助ける仕事をしたいけどプレッシャーを感じるとか、人の役に立ちたいけどなかなか行動できないことはありませんか?
楽な気持ちで人のサポートをするための考え方をブログを例にお伝えします。
目次
人を助けようと思うとプレッシャーがかかる
このブログは筆者の体験や気づきを記事にして、同じように悩んでいる人の役に立つことを目的にしています。
当初は「人のために」と気負うあまり、記事を書くのにプレッシャーを感じていました。
もっと気楽に取り組みたいなと思っていたある日、ひとつの考えが浮かびました。
困っている人を「修行を選んだ力強い魂」として見る
(ブログがメインターゲットとする)困っている人を「修行を選んだ力強い魂」として見ればいいのです。私もそうであったように。
読者も私も、いま陥っている迷いや葛藤は、学びのために自分(魂)が選択したものです。好きな選択科目を取るように、あるいはバイキングで好きな食べ物を取るように、ワクワクした気持ちで、自ら進んで選び取ったものです。
また、「自分なら変容できる」「この出来事を乗り越えられる」という確信があるからこそ、選んだのです。
つまり、困ったなーと表情を曇らせている読者は、その様子を見守る全知の自分とつながっているのです。
読者の人格を意識しながら、背後にある魂をずっと感じている。
そうすれば、「あなたは本当は知っているんですよね。魂の契約によって今思い出すことを選ぶのなら、私の文章が手がかりの役目を引き受けますよ」という気楽な姿勢になれます。
イエスや仏陀を相手に悟りを説くようなものです。一から十まで説明する必要はありません。自分なりに話した後、「ご存じですよね」と微笑むような心地です。
私/あなたが提供すればいいのは、一割の知識、一割のきっかけだけです。
あとの九割は読者が自ら成長する力を信じればいいのです。
そうすることで、「私が助けなきゃ」「役に立たなきゃ」というプレッシャーから解放されます。
相手の力を信じるメリット
人のサポートをする際に相手の力を信じると、色々ないいことがあります。
相手を信じると、自分の負担が減る(プレッシャーがなくなる)
先述したように自分が発揮すればいいのは僅かな力なので、単純に仕事が楽になります。
ブログの例で言うと、記事を書く時の気持ちが楽になります。
相手を信じると、傲らずにすむ
例えば自分の書いた記事で人が回復しても、「私のおかげだ」と天狗にならずにすみます。
私がしたのはきっかけの提供に過ぎず、回復したのは相手の力です。
相手を信じると、怒りや落胆と無縁でいられる
無理をして頑張ってしまうと、その働きに対するリターンがない場合、「やってあげたのに」という怒りがわいたり、「あんなに頑張ったのに」とがっかりしたりしがちです。
ですが、相手の力を信じ、無理なくできる仕事量にすれば、記事を書く楽しさや達成感だけで充分満足できます。
相手を信じると、相手が元気になる
サポートする相手を「困っている人」「弱っている人」とだけ見てしまうのは、弱々しくあるよう意図するようなものです。
「私が助けるために誰かを病気にしていないか?」と常に自問しましょう。
「今は困っているようだけど、本当は強くて輝いている人なんだ」と認識することで、そのようになりますし、基本的には自分の力で成長したい人が集まってきます(あくまで求めるのはサポートであり不健康な依存ではない人たち)。
まとめ
困っている人の力になろうとする時は、自分が10割の力で助けようと意気込む必要はありません。たった1割サポートをするだけで、相手は9割の力を発揮します。
人のサポートをする際に相手の力を信じると、以下のメリットがあります。
- 自分の負担が減る(プレッシャーがなくなる)
- 傲らずにすむ
- 怒ったり落胆したりせずにすむ
- 相手が元気になる
人のためにブログを書くとき、わかりやすく伝えるとか、真摯に取り組むのも大事な要素ではあるのですが、元々の性分が几帳面だったり真面目だったりする人は、「人は勝手に成長する」くらいの気持ちでいたほうが、余分な力が抜けて良い加減になると思います。